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松田亜美子さんの証し
私は、日本は北海道網走市出身、2000年ミレニアムに渡米し、ここロサンゼルスに住み始め26年が経ちました。アメリカではこの街以外に住んだことはありません。Santa Monica CollegeでAAを取得後、ネイリストとして働いていましたが今は飲食業で働いています。シティズンシップが合格した2019年に、名前をMimi Amiko Matsudaと改名し、現在は二つの仕事をしながら専攻を変え復学をして、West LA Collegeへ通っています。 私が神様を信じたきっかけは、2024年10月24日に遡ります。この日、お気に入りのベルトを用意し、4回目となる自殺を計ろうとしていました。でも、その前に飼い猫のスモーキーをなんとかしなくてはと思い、引き取ってくれそうなところの連絡先を探し、電話したりしているうちに「自分は何をしようとしているのだろう」と徐々にシラフに戻っていきました。そして、突然「誰も私を救えない…親友も恩師も誰も…でも、神様がいる!」と思ったのです。 この後すぐに自宅の近くに教会をYelpで探し数回通ったものの、その教会で良くして
9 hours ago
川崎泉さんの証し
私に福音を伝えてくれたのは当時4歳だった娘の華です。ほぼ白人のコミュニティーで育った娘はその頃から私にもわからないようなところで差別に合っていたようです。ちょうど教会に通うようになっていたのは神様の本当に恩寵、憐れみだと思いますが、すぐにイエス様Loveの、神様一筋の子供になっていきました。そして折に触れて私に「クリスチャンになって!」と言っていましたが、私の心は頑なでなかなか柔らかくなることができず4年も経ってしまいました。 そんなある夜、ベッドタイムの時に娘は目から涙をほろほろと流して私に「ママに地獄に行って欲しくないからクリスチャンになって!」と言ってきました。こんなに直球な福音の伝え方があるでしょうか。私は心を打たれてその日から娘のこれまでのクリスチャン生活のことを思い起こしてみました。 娘はまず教会に行く時間をきちんと取り分けて前夜にバースデーパーティーのお泊りがあろうが、スケートの練習があろうが何があっても間に合うように迎えに来させ、日曜日の朝は教会で神様を礼拝することを怠っていませんでした。普段泣きたいような時もまずお祈りをして整え
9 hours ago
佐々木雄二さんの証し
佐々木雄二です。神奈川県横浜で生まれ育ち、19歳の時にオーストラリアにサーフィンのために移りました。当時はサーフィンが大好きで、サーフィンが私の生活の中心にありました。インドネシアのバリ島に移り、23歳の時にここカリフォルニアに来ました。仕事で知り合った方たちとのつながりで、ゴルフに出会い、ゴルフ一途の生活になり、今はプロインストラクターとしてゴルフを教えています。生徒さんたちは老若男女さまざまで、森本みどりさんのお孫さんの仁(じん)くんとリンくん、大里先生、そして、昨年天に帰られた中村英樹さんも教えていました。 人生の中で何回か友達に誘われたりして教会に行ったりはしていましたが、信仰を持つには至らず、自分の人生は自分で切り開いていこう、自分の責任の中で人に迷惑をかけずに生きていこうということを自分の最低限のルールとして生きてきました。 昨年末に良い出会いがあり、その人と信仰の話になりました。これまではキリスト教の信仰にについて自分なりの思いが強くあったのですが、今回自分の思いを真っ白にしてキリスト教の信仰を求めてみようと思えるようになりまし
9 hours ago
中村真子さんの証し
この度バプテスマを授けていただくことになりました。中村真子と申します。こうして本日バプテスマを受けられること非常にうれしく思い、また天の神様がこのように導いてくださったことに感謝いたします。 改めて自己紹介となりますが、私は1992年4月に三重県津市で生まれ、20歳になるまでそこで育ちました。私の家族はクリスチャンではなく仏教徒ですが、私の母の代からセントヨゼフ女子学園というカトリック系中高一貫ミッションスクールに通っており、私も母や叔母たちと同じ学校へ通いました。思春期のあるあるかもしれませんが、最初のころは反抗期も相まって学校がとても嫌いで正直絶対にキリスト教徒にだけはならないと思っていました。 そんな学生生活で、15歳の時に留学を決意し、希望の留学先として英語圏や他いろいろな国を選んでいたのですが、決まったのがイタリアのローマでした。この時点でキリスト教に対しての抵抗感はなくなっていたものの、クリスチャンになるという決断には至りませんでした。 そして高校卒業後、私はシリコンバレーの学校へ進学し、就職のため日本へ帰国いたしました。ITエンジニ
9 hours ago
花野あけみさんの証し
小学生の時にクリスチャンであった叔母にイースターのイベントに連れて行ってもらい、初めて教会の中に入ってお話を聞きました。それが初めての教会でした。それがきっかけでしょうか?神様の存在には割と早く気づいていました。お風呂に入ったら湯舟で1,2,3と数えますよね。わたしはなぜか小学生の頃から、100まで数えるかわりに「主の祈り」を唱えてから湯舟からあがるということをしていました。 小さいころから神様の存在は信じていましたが、特定の教会につながることには少し抵抗がありました。日本から留学してフレズノの大学に行き、その後、結婚。ご縁があって毎週土曜日、日本語補習校で小学校1年生から4年生までの講師を7年間勤めました。そこに藤井肇牧師の息子さんが通っていらっしゃったのです。 真面目な藤井牧師と関西弁バリバリの奥様。4人のお子さんとお友達。牧師宅はいつもワイワイ楽しくて、おいしいものもたくさん。いつのまにか日曜礼拝の後に牧師宅に移動してランチを食べたり、聖書のお勉強したりするのが楽しくなっていました。 30年経った今でも鮮明に覚えているのがバプテスマを受けた
9 hours ago
小林久恵さんの証し
わたしは東京で生まれました。家族にも親戚にもクリスチャンは一人もいませんでした。両親は「信じる人は弱い人だ」という考えを持っていて、信仰を否定していました。私は神様から一番遠いところにずっといました。 ここ一年くらいのことです。辛いことがあって、それを乗り越えたいと思うようになりました。これまでそんな思いを持ったことはなかったのですが、自分で自分を変えられないことも辛くて、友達に誘われるままにこの教会の夕拝に参加してみました。これまでの自分だったら誘われても教会には行かなかったと思うのですが、今回はなぜか教会に来ていました。そして、なぜか素直にこの神様を信じて生きてみたいと思う ようになりました。 ちょうど大里先生が日本に行く直前の日曜日に初めて夕拝に出席しました。その時はお友達の星さんが一緒に行ってくれました。大里先生のメッセージは「見えない神さまを信じる」というもので、このお話が心にスッと入って行きました。まるで私のことを知っていて、私のためのお話だと思うほどでした。夕拝で歌った賛美に涙も流れました。 大里先生が不在の間はトミー先生と将
9 hours ago
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